2013年10月25日

「終物語(上)」読んだよ!

IMG_0014.jpg



「終物語」
ファイナルシーズンと銘打ったシリーズの本来2冊目だったはずの、実際には3冊目の本。
「憑」「終」「続終」の3冊で終結するはずだったファイナルシーズンは、
あとがき読んだ感じだと「終物語」だけで上中下巻の3冊になりそうな勢い。
「ファイナル」で「終物語」なのに、ちっとも終わっていかないw

まあ、はなから3冊でまとめられちゃえると思ってなかったので
いい感じに、最小限のことだけ書いて「終わりました」ってことにされちゃうよりは
終わりをじっくり書いてくれるのはファンとしてはありがたいの一言です。

表紙は扇ちゃん。
アニメでは服から露出した手も足も真っ黒で
「顔面だけ人間のがついてるけど、ボディは空洞なんじゃ?」
って思えるデザインでしたが、今回のカバーイラストでは肌もあらわに華やいで微笑んでます。
目は真っ黒ですけど。
アニメで忍野メメがよく学習塾跡に机や椅子を積み上げては崩れ落ちてましたが
自称・忍野メメの姪っ子である扇ちゃんも崩れ行く机や椅子を背景に微笑んでいます。
ただし、椅子からはビスが外れ、
鉄パイプの脚部と木製の座面や背もたれが分離しちゃってます。
椅子の脚に履かされていた黒いキャップも外れてばらばらに散ってます。
背景すら剥がれ落ちてます。
彼女はいったい何をどこまで「解体」するんでしょうか。
不気味です。
ぞくぞくします。


「人間ってのは自覚している以上に、自覚しえないほどの目の粗いザルなんだなあ」
作中の人物がどうとかお話がどうとかって以上に、読んでる自分がいかにぼろぼろと取りこぼし読み落としながら読んだつもりになっているかを突きつけられる一冊でした。


いや、私がうかつな読者すぎるだけなのかもですが。




ではではネタバレな、一個人の感想はこちら〜
(レビューじゃなくて、とってもとっちらかった垂れ流しの感想ですが)





さてさて。
お話がちっとも終わっていかない。
「憑物語」の先を期待して「暦物語」を読んだら
1年近く時計の針を戻されて、
物語が本筋追いついたところであの衝撃のラスト。
ぶっつり。
で、「暦物語」のあの惨状の先が気になっているところに
「終物語」で、またも前に針を戻され…。
囮や鬼より前じゃないですかー!
憑物語に続き、またしても新キャラ登場即退場じゃないですかー!

一本の糸だったファーストシーズンが、
セカンドシーズンで複数の糸になったと思ったら、
ファイナルシーズンは
「もっとたくさんの糸を縒り合わせて縄にします」状態。
たった三冊で終わるわけがなかった。
西尾維新は丹念に丁寧に「終わるために必要なもの」を並べて置いていっている最中のようです。


「終物語」


人間の記憶というもののいい加減さ、というか
「自分の目で見たものしか信じない」の真逆の話でした。

「目で見たものを信じない」
自分の目で見たものを見たと自覚しない。
自分の目で見たものをわかったつもりになって、その先を考えない。
自分がたしかに見ていたものが自分の記憶には残らずに
他人の証言でつなぎ合わせるしかない自分の過去の頼りなさ。

そういう誰にでもある日常あるあるの薄気味の悪さ。

いやー、今回の阿良々木くんは超絶頼りないです。
ふわんふわんです。
なんでも受け入れるのが暦くんですが、受け入れすぎでしょうよ!

余談ですが、先日、「自白剤は本当に効くのか」っていう実験の動画を見ました。
被験者のTVプロデューサーは、あらかじめ「偽証用の嘘のプロフィール」を用意して、それを質問者に対して答え、決して本当のことを言わないでいる、という実験で、
低量投与の段階では、その通りに振舞っていたのですが、
さらに自白剤の量を増やして投与されると、彼は偽証用プロフィールではなく本当のプロフィールをぺらぺらとしゃべりだしてました。
「嘘を言わなくてはいけない、ということにすら思い至らなかった」と。

扇ちゃんはそういう存在です。
怖いです。
「これはおかしいことだ」と扇ちゃんと会話する誰もが思い至れない怖さ。

ただし、羽川さんは別。
羽川さんはたった一人で奮闘し、健闘してました。
羽川△!です。

IMG_0015.jpg


羽川が忍野を探しに行ったのは、撫子神化(阿良々木くんの命のピンチ)の件を受けてだと思ってましたが
扇ちゃんの登場がトリガーでしたね。
思いのほか切迫した忍野探しの旅立ちでした。
(その切迫ぶりにも阿良々木くんは気づいてませんけど)
危険を察知した上で、
阿良々木くんのそばで阿良々木くんを守るという選択肢を捨ててでも
忍野を探さなくてはならないと思い立ってしまった羽川の聡さ。思い切りの良さ。
迷っていては駄目だと、時間はないのだと。
(その決断を促したというかその思考に羽川を導いたのも扇ちゃんですけど)
本当に男前です。

忍野メメ、臥煙伊豆湖、忍野扇、羽川翼。
多分、この4系統が柱なんだろうなあ。
(私の愛する貝木さんは、扇ちゃんによって強制退出させられちゃったけど、うまい具合にいい感じのところでおいしく再登場してくれればいいな…)

扇ちゃん=くらやみ説はだいぶ薄れたかなって思いつつも
作中で見せた扇ちゃんのホラーな振り向き方!
まだ正体はわからないけど「人」ではないよね、あれ!

いずれにせよ、忍野メメ再登場はまだまだ先になりそうで焦れます。
(終物語のラストで出てくると踏んでますが…。出てきて続くだと思ってますが。)



で。

こっからはよりどうでもいい個人的な感想。



暦んち、怖い!

母子家庭のごとき父親不在の家庭で一人で奮闘した挙句精神の均衡を欠いて宗教に救いを求めた母親が、
娘の目の前でゆっくりと狂っていった戦場ヶ原家よりも

血の繋がらない3人が各自孤立したまま生活を共にし続けた冷たい家庭の羽川家よりも

暦んちが一番怖かった!


両親警察官で、厳しく(普通の家庭のしつけとは違うやり方で)正義ベクトルで育てられ、
それと同時に、周囲に嘘をつくよう指示もされてて、
家にはしょっちゅう誰かわからない子がいる、
って状況だとあれくらい鈍感にならないと子らぎくんの心の均衡が取れなかったのかもしれない。
と思った。

子供は大人の言葉の「その言葉が表す向こう側にある概念」を理解しようがないので
言葉通りの意味でしか受け取れないって話を聞いた事がある。

「正しくあれ」「正しさとはこういうことだ」というしごくまっとうな教育と、
「嘘をつけ、隠し事をしろ」という指示を同時に出された愚直な子供は悲惨。

その上で「優等生であろうとした」子らぎくんならば、
やっぱりどうしても、どこかで「僕の心が悪い。僕の心が考え出すものが悪い」ということに
なっちゃうだろうし、心を自由にすると「間違う元」だと判断してしまい
何も見ず何も感じず親と妹たち以外の人間関係をあえて希薄にして
余計な情報を遮断したってのは十分考えられる。

「暦物語」の
「2年前に自分が作って、自分が置き去りにした工作物の存在をすっかり忘れ切っていた」
という話、いや普通、忘れてても見れば思い出すでしょ、って意見をネットで見かけたけれど
あれも伏線だったのね。
2年前のクラス全員のフルネームと特長を全員分覚えている阿良々木くんと
2年前に作った作品を見ても思い出せない阿良々木くん。
そのギャップ。
家に不定期に不特定の見知らぬ子供がいた期間があるということを忘れている阿良々木くん。
(ただし、そういう親の正義はしっかり影響を受けている。
自転車に乗る練習最中のエピソードを忘れても自転車には乗れるように byあとがき)

忘れていることと、忘れていないことのアンバランスさ。
「おうぎフォーミュラ」で見せた「嘘をつかないまでも情報を隠すことはする」さま。

今まで阿良々木くんが語り部で、本人が言うことだから間違いはないだろうって
安心して読んでいた読者に
「阿良々木くんを信じちゃ駄目だよ」と突きつけてきた。
「本人が言うことだからこそ、隠したいことは隠しているよ」と。
あるいは
「本人が隠すつもりでなくとも、無意識に回避し、忘却していることはあるよ」

アニメで阿良々木くんのお母さんが、まっとうで正しいことを言いながらも
熱い正義の熱血漢の肝っ玉母さんではなく
どこか恐ろしい、冷たい印象で描かれていたのは
阿良々木家の恐ろしさの一端を垣間見せているナイス演出なのでしょうな!

怖い怖い!

続きが楽しみ!











posted by --- at 19:58 | TrackBack(0) | まんぼう日記
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/79132096
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック